誂えるということ
住まいをオーダーメイドし “誂えること” とは?

それを知るためには、まず身の回りのものへのこだわりをひもといてみよう。
そこには、誂える時に大切なことも見えてくる。

渡辺産業 松井友輝さんの場合

自分にとって本当にしっくりくるものを丁寧に選ぶこと。それはこの先何年も、愛着を持って付き合っていくことを意味する。言葉を変えれば、自分らしく生きていくことのはじまりといえるかもしれない。そんなもの選びの究極といえば “誂えること” ではないだろうか。テイラーメイドのスーツや職人仕事の革小物など自分仕様のオーダーメイドに憧れる人は少なくないだろう。

英国生まれのプロダクトをこよなく愛する松井友輝さんもそのひとり。「グレンロイヤル」「ジョセフ チーニー」など、クラフツマンシップにあふれたイギリスブランドを多く取り扱うセレクトショップ「BRITISH MADE」を展開する会社に勤めながら、好みのブランドに出会うたびに、その歴史や理念、作り手の思いを理解した上で生活に取り入れることを楽しんできた。

そんな松井さんが、いまから10年ほど前に知ったのが「サヴィル・ロウ」の眼鏡。自分にあったフレームサイズやデザイン、カラーを選べるのはもちろんのこと、素材やテンプル(つる)の形状まで、自分仕様に誂えることができるイギリス生まれのアイウェアだ。

松井:学生時代にUKロックに目覚めてからというもの、イギリスのカルチャーやファッションにひかれてきました。一番影響を受けたのは、元「oasis」のリアム・ギャラガーですね。スエードブーツを履くようになったのも、丸眼鏡に興味を持ったのも彼の影響ですが、当のリアムは、尊敬するジョン・レノンに影響されて丸眼鏡を掛けたといわれる。それがサヴィル・ロウだったんです。

サヴィル・ロウは、1932年ロンドンで創業した眼鏡工房「アルガワークス」で、いまも当時と変わらぬデザイン、製法を守りつくり続けられている。ちなみに、サヴィル・ロウとは、テイラーが軒を連ねるロンドンのストリートの名前でもあり、文字通りのお誂え眼鏡といえるのだ。

松井:でも、憧れてはいたとはいえ、そもそも日本人とイギリス人では顔の作りが違うし、僕は丸顔なので、ジョンと同じ眼鏡なんて似合わないだろうと諦めて、似たようなデザインの安価なものを自力で選んでは掛けていました。だけど、そういうものは壊れやすかったりして、結局使わなくなってしまうことがほとんどだったんです。

そんな経験を経て、いまの会社に就職し、長く使えるいいものに触れるようになってからは、本物のブリティッシュメイドを身につけたいという気持ちが募っていったそう。この日の装いも「ビリンガム」のショルダーバッグに、「ジョセフ チーニー」のスエードブーツ、「ドレイクス」のスカーフ、「バブアー」のコートと、どれも英国製のブレないセレクト。バッグの中の「グレンロイヤル」の革の眼鏡ケースも財布も、すっかり使い込まれてかっこいい。

松井さん:英国製だけにこだわっているわけではなく、質の良さと品格に納得したものを選んでいった結果、手元に残ったのがイギリスブランドだったということなんだと思います。ものに宿る品格というのは、金額の大小にかかわらず、唯一無二のものだと実感します。サヴィル・ロウは、世界中の眼鏡の専門家をもうならせる品質と歴史を兼ね備えたブランド。憧れでもあったので、せっかくなら自分に合うように誂えて身につけたいと思うようになりました。

こうして、サヴィル・ロウを手に入れるべく、満を持して青山にある眼鏡店「ブリンク青山」を訪ねた松井さんに声をかけたのが、スタッフの新井慧斗さんだった。

新井さん:サヴィル・ロウは、ジョン・レノンやジョニー・デップといった著名人が愛用することで知られている反面、松井様のように「自分に似合うのだろうか」と感じているお客様がすごく多いんです。でも、オーダーによるパーツの組み合わせによって2000パターン以上のバリエーションがありますから、誰にでも必ず似合う形が見つかるのがサヴィル・ロウとも言えるんですよ。

眼鏡選びで肝心なのは、デザインよりもサイズ感だという新井さん。顔の幅とフレームのアウトラインのバランスと瞳の位置関係を合わせれば、必ず似合うらしい。ならば、自分だけの一本を選び抜くために、フレームデザインよりも大切なこととは?

新井:オーダーメイドに興味のあるお客様には、必ず「どんなシーンで掛けたいですか?」とうかがうようにしています。どんな仕事をしていて、どんな服装に合わせることになるのか、好きなものは何かということを共有させていただくことは、フィットする一本にいたるための近道でもあり、とても大事なことなんです。

松井さんが身につけているものや会話の端々に、ものの背景にある伝統や愛着を大切にすることを感じ取った新井さんが勧めたのは、憧れていたジョン・レノン愛用のモデル「パント」だった。眼鏡選びのプロから見れば、松井さんの顔のラインには、このモデルがぴったりと合う。ただ、メタルフレームそのままではなく、明るめのブラウンのセル(プラスチック)を巻くことで、英国好みのファッションにもよく合い飽きがこないのではないかと提案した。

松井:「丸顔の僕には、似合わないのではないか」という悩みを「似合うフレームの法則」をもって理論的に解決してくれたこと、僕の服装や話の内容から好みをひもといてセル巻きを勧めてくれたことなど、考えもつかなかったアドバイスが出てきて、この人に頼れば間違いないと思いましたね。おかげで、自力で選んでいたら手に取ることもなかったかもしれない、唯一無二の一本に出会うことができました。

新井:そう思っていただけたなら嬉しいですね。サヴィル・ロウ独自のメタルフレームの製法やセル巻きの技法は、技術に定評のある日本の眼鏡業界でも失われつつあるディテールで、イギリスならでは。松井さんならその希少性にも共感してくれると思ったんです。

そんな新井さん自身も、学生時代にサヴィル・ロウを知り、好きが高じて、単身、アルガ・ワークス工房を訪ねたこともあるほどのフリーク。この日、掛けていたのは、その時に現地でオーダーしたというレザー巻きの「パント」だった。「ポールスミス」のコートを羽織り、足元には「トリッカーズ」と英国ものを上手に合わせているところを見ても、松井さんと話が合うことは一目瞭然。趣味の似ている第三者が、お誂えのアドバイスをしてくれるほど、心強いことはないだろう。

時間をかけて相談を重ねることで憧れが現実に近づくと、細部までさらにこだわりたくなったという松井さんには、もうひとつだけ譲れない憧れがあった。テンプルを縄手(耳の後ろまで引っ掛けるタイプ)にすることだ。

松井:実際掛けてみるとテンプルが耳のうしろの食い込むのが気になりました。ストレスなく使っていくなら、同じ縄手でも少し柔らかめのタイプがおすすめという新井さんのアドバイスを取り入れて、最終的には、そちらをセレクトしたんです。

客観的な意見は、選択肢を広げてくれる。ひとりよがりを貫くだけでは、本当にしっくりくるものが手に入らないこともあるのだ。

松井:こだわりの強い人は、自分の考えだけで選ぶことが多いと思うんです。でもオーダーメイドを経験して、そのこだわりは、人のアドバイスが入ってこそ確信に変わるのだと知りましたね。自分も、周囲の人も、「いいね」と思うものに至ることで、より長く、より大切にしたいという思いが強くなる。そういう心境になったのは、はじめてでした。

専門家にオーダーするなら、こちらの要望を伝えることも大事だが、相手のアドバイスに身を委ねることも、同じくらい重要なのかもしれない。第三者の意見が交わることで、自分の想像力のずっと先にある、まだ見ぬ心地良さに足を踏み入れることができるとしたら、誂えることとは、なんと豊かなことだろう。手に入れた眼鏡は、10年来使い込んだ革財布のとなりに、誇らしく並んでいた。

BRITISH MADE

英国のクラフツマンシップから生まれたクラシックかつベーシックなファッションを、ブランドストーリーとともに伝えるセレクトショップ。グレンロイヤル、ジョセフ チーニー、ジョンストンズなど長く愛せるイギリスブランドが揃う。

ブリンク外苑前

ヨーロッパやアメリカのブランドを中心に、クラシックからモードまで、信頼のできるものづくりから生まれる上質でデザイン性の高い眼鏡やサングラスを取り扱う。

  • edit&text 衣奈彩子
  • photos 米谷享